大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)8894号 判決 1992年7月23日
原告
株式会社鈴木鉄工所
被告
株式会社トーワテクノ
(旧商号・東和製機株式会社)
主文
一 被告は、原告に対し、金二四万円及びこれに対する昭和六〇年一一月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求の趣旨
一 被告は別紙イ号物件目録及びロ号物件目録記載の海苔の取出装置を製造し、販売してはならない。
二 被告は、原告に対し、金四八〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年一一月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 原告の有する特許権
1 原告は次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許発明を「本件発明」、その発明についての特許法五二条所定の権利を「本件仮保護の権利」という。)を有し、海苔の供給機等を製造販売している(争いがない。)。
登録番号 第一〇五一〇一〇号
発明の名称 シート状物の取出装置
出願日 昭和五〇年九月二二日(特願昭五一-七七四三三)
出願公告日 昭和五四年三月二日(特公昭五四-四一四八)
設定登録日 昭和五六年六月二六日
願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載
「海苔等のシート状物を積層する支持枠11の下端にシート状物の取出し開口12を設け、該開口12に対し中空筐状の吸引筐2を昇降可能に配備して、該吸引筐2の上面に両側へ低く傾斜し且つ傾斜面上に吸引口24を開設した吸着面23、23を形成し、支持枠11の下方には積層下面の両端部を受止め或いは開放する一対の受爪50、50を開口12下方へ出没可能に配備して、両受爪50へ吸引筐2の昇降に対応して受爪50を開閉動作させる作動機構52を連繁し、前記吸引筐2には吸着面23、23へ積層最下部シートの両側端部を吸着させる吸気装置4を接続したシート状物の取出装置。」(添付の特許公報〔以下「公報」という。〕参照)
2 本件発明は次の構成要件からなる(甲三)。
(一) 海苔等のシート状物を積層する支持枠の下端にシート状物の取出し開口を設け、
(二) 該開口に対し中空筐状の吸引筐を昇降可能に配備して、
(三) 該吸引筐の上面に両側へ低く傾斜し且つ傾斜面上に吸引口を開設した吸引着面を形成し、
(四) 支持枠の下方には積層下面の両端部を受止め或いは開放する一対の受爪を開口下方へ出没可能に配備して、
(五) 両受爪へ吸引筐の昇降に対応して受爪を開閉動作させる作動機構を連繁し、
(六) 前記吸引筐には吸着面へ積層最下部シートの両側端部を吸着させる吸気装置を接続した
(七) シート状物の取出装置。
3 本件発明は右構成を採ることにより次の作用効果を奏する(甲三)。
海苔等のシート状物の積層下面を吸引筐で支持し、吸引筐の吸着面に積層最下部の一枚のシートを吸着して下降し、下降端で送出装置に受渡すようにしたから、シート状物は摺擦、引掛かりがなく従って海苔の如く破れ易いシートといえども全然傷めず一枚宛円滑に自動供給出来る。
また、積層が減ってくると、支持枠の上方からシート状物の補給ができ、加工機及び取出装置の運転を停止させる必要がない。
更に、吸引筐の吸着面は、両側へ低く傾斜させたものであるから、吸着面に吸引力を作用させるだけで最下部シートと二枚目シートとの間に受爪を挿入する間隙を形成でき、しかも吸引筐の昇降動作だけで、最下部シートを積層から剥離し且つシートを送出装置へ移送できるから、装置の構造及び動作が著しく簡略化され、装置の小型化を実現できる。
二 被告の行為
被告は、昭和五一年から、業として、別紙イ号物件目録及びロ号物件目録(以下両者を包括指称するときは「被告物件目録」という。)記載の海苔の取出装置(以下順に「イ号物件」、「ロ号物件」という。両者の相違は、海苔の取出装置が、前者は二基で構成され、後者は一基で構成される点であり、以下両者を包括指称するときは「被告物件」という。)を製造し、販売した(争いがない。)
三 原告の請求の概要
被告物件は本件発明の技術的範囲に属し、被告は現在被告物件を製造販売しているかそのおそれがあるとして、特許法一〇〇条に基づきその停止及び予防を請求するとともに、被告は、昭和五一年から昭和六一年までの間に、原告の許諾を受けずに被告物件を一六〇台製造販売ないし販売して四八〇〇万円の利益を得て、原告に同額の損失を及ぼし、うち昭和五七年九月から昭和六〇年九月までの二二台の製造販売ないし販売は本件特許権を侵害する不法行為でもあり、原告に六六〇万円の損害を与えたとして、不当利得返還請求権に基づき四一四〇万円と不当利得返還請求権又は不法行為による損害賠償請求権に基づき六六〇万円の合計四八〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六〇年一一月八日から支払済みまで民法所定の遅延損害金の支払を請求。
第三争点
一 被告物件が本件発明の技術的範囲に属するか、特に構成要件(四)を具備するか。
1 原告の主張
(一) 本件発明における「開口」の位置(その1)
本件明細書の特許請求の範囲の記載中、「支持枠11の下端にシート状物の取出し開口12を設け、」、「該開口12に対し」及び「支持枠11の下方には積層下面の両端部を受止め或いは開放する一対の受爪50、50を開口12下方へ出没可能に配備して、」の各記載にいう「取出し開口12」及び「開口12」は、機台上板を海苔の大きさに合わせて切り開いた部分であり、したがって、その高さ位置は機台上板の高さ位置である。また、「開口12下方」とは、「開口12」の四隅に枠材を縦設して形成した支持枠の下方即ち機台上板19に対し、上板内側の空間を示す。
このことは、本件明細書の発明の詳細な説明に、「上記供給装置の機台1上面には、加工すべき海苔面積に合わせた広さの開口12を上板中央に具え」(公報2欄14、15行)と記載されていることから明らかであり、その他の「開口12」に言及した「開口12の四隅に枠材13を縦設して」(同欄16行)、「吸引筐2は、平面形状が機台1の開口12より小面積の方形を呈す中空筐であって、筐2の後側壁21は機台開口12の後辺に略一致し、前側壁は開口12の前辺より後退した位置に設けられ、」(同欄22~26行)、「機台1の開口12両側」(同3欄19行)及び「機台1の開口12の両側」(同欄25行)の各箇所においても、いずれも、「開口」を「機台」との関連において示している。
なお、「支持枠」は、本件明細書の発明の詳細な説明中に「開口12の四隅に枠材13を縦設して支持枠11を形成し、」(公報2欄16、17行)と記載されているとおり、四本の枠材13によって構成され、開口12の上方へ設置された部分である。支持枠は、積層海苔が横方向に崩れるのを防ぐ機能を果たすものであるから、その機能を果たす限りにおいて支持枠と表現することが妥当である。したがって、被告物件の如く上板の下まで枠材が延長されている場合も、上板19より上へ縦設した部分、すなわち「開口12」の上方部分が支持枠にあたり、その下方部分は単に枠材の延長にすぎない。
「支持枠11」、「開口12」及び「開口12下方」を右のとおり解すると、被告物件においても、受爪は上板の裏側に配置されているから、支持枠の下部ではなく、支持枠の下方で、かつ開口下方に存在することになり、被告物件は構成要件(四)を具備する。
(二) 本件発明における「開口」の位置(その2)
仮に右のように解し得ないとしても、本件明細書の特許請求の範囲にいう「取出し開口」及び「開口」の高さ位置は、最下層の海苔が積層海苔から取出される位置、即ち吸引筐の上昇位置における筐上面の高さ位置を意味すると解すべきである。
すなわち、特許請求の範囲においては、「支持枠11の下端にシート状物の取出し開口12を設け、」と記載され、「開口」とは「取出し開口」の意味であることが明記されているから、海苔の「取出し」と「開口」とは不可分のものであり、「開口」や「口」という語の国語的意味及び本件発明における海苔等のシート状物の取り出し作用に着目すれば、積層海苔の最下層の一枚が取出される位置が「開口」であると考えるのが自然であり、またそれは一定の空間的部分をもって構成するものと考えられる。
本件明細書では、特許請求の範囲中で「取出し開口12」(公報1欄16行)、「開口12」(同欄22行)、発明の詳細な説明中で、「開口12」(同2欄15、16行等)、「機台開口12」(同欄24行等)及び「下開口」(同3欄21行)というように、「開口」について四通りの表現が記載されている。右のうち、「開口12」(同2欄15行目)は、「上板中央に具え」と記載されているが、この記載は「開口12」の高さ位置を上板の高さに置くという趣旨ではなく、上方から「取出し開口」を見た場合、平面的な位置関係において、上板の中央に開口を置くという意味である。「機台開口12」については、例えば、「筐2の後側壁21は機台開口12の後辺に略一致し、前側壁は開口12の前辺より後退した位置に設けられ」(同2欄23~26行)と記載されているが、これは、「取出し開口」を機台面上に反映させて表現した場合、「機台開口」という用語を用いているものである。これら上板中央の「開口」又は「機台開口」は、厳密には「取出し開口」と一致しない場合もある。しかし、「取出し開口」が一定の空間的な意味を持つものであるから、その空間の上限としての開口として意味を持つものと考えるべきである。「下開口」については、特許請求の範囲中において、「受爪 50、50を開口12下方へ出没可能に配備して」(同1欄21、22行)と記載され、他方詳細な説明中では、「受爪50を支持枠11の下開口へ出没させる」(同3欄34行)とあるように、受爪の出没位置として、「開口下方」又は「下開口」という記載がされていることからも判るとおり、「取出し開口」と同義のものである。
また、海苔の「取出し」とは、発明の詳細な説明中に、「積層最下部のシート状物を吸着して両端を下方へ曲げ、二枚との間に間隙を形成することによって、二枚目以上は間隙中に受爪を挿入して支え、最下部のシート状物を下方へ取出す」(公報1欄37行~2欄3行)と記載されているとおり、積層海苔から最下層の海苔を吸着し、受爪により他の海苔から下方に分離する動作を意味する。このような海苔の「取出し」は、吸引筐が最下層の海苔を吸着し、両受爪が「吸引筐2の下降開始と同時に1/4回転して支持枠11下開口へ上昇して臨出し、積層下面を支持する」(同3欄31~33行)ことによって行われるから、その位置は吸引筐の上昇位置ということになる。したがって、「取出し開口」の位置は、吸引筐の上昇位置おける筐上面の高さ位置となる。なお、「取出し」は右の動作で終了するのであって、吸引筐が海苔を吸着したのち、ローラのベルト位置まで降下するまでの過程は、取出し後の移動にすぎず、海苔の「取出し」という過程には含まれない。
支持枠の機能は、前記のとおり積層海苔の横崩れを防止することにあるが、「取出し開口」を右の意味に解すると、開口の四隅に縦設された枠材が「取出し開口」よりも下方に延長されても、その部位には積層海苔は存在しないから、横崩れ防止機能とは無関係であり、支持枠の一部を構成するものではない。
なお、願書添付図面(公報4頁)第1図、第2図中「12」として示されている部分は「開口」位置を指示しているが、このことは、(一)において機台上板の位置を開口の高さ位置と主張することの根拠となるものであるが、「開口」とは「取出し開口」であると解した場合には、その取出し位置を図面で示すには、空間の一定の位置を指示する他ないのであるから、そのおおそよその位置として右の位置を示したものであり、これ自体は(二)で主張する「開口」位置と矛盾するものではない。
以上のとおり、「開口」位置を吸引筐の上昇位置における筐上面の高さ位置であると解した場合でも、被告物件の取出装置は、支持枠の下端に「取出し開口」が位置し、その下方に受爪が配備されることとなり、まさしく本件発明の特許請求の範囲の文言に一致することが明らかとなる。
(三) 下層海苔の逃げ出し防止について
被告は、本件発明では、受爪が開口下方に出没可能に配備されているから、支持枠下端と受爪との間に間隙が生じ、外へずれ出ることがあると指摘するが、このような海苔の逃げ出しを防止する技術は本件発明の目的とは別のものであり、必要に応じて工夫を施せば足りることである。ずれ防止手段の構成において差異があっても、それによって被告物件が本件発明の技術的範囲に属さないことにはならない。
(四) 均等
仮に本件発明における「開口12」の位置を被告主張のとおり解すると、被告物件は「受爪50は開口上方へ出没可能に配備した」ことになり、本件発明の構成要件(四)とは一致しない。しかしながら、被告が被告物件において右構成を取ることによる効果と主張する「下層部の海苔のはみ出し防止」は本件発明の目的とは別異な技術問題であるし、原告製造の本件発明の実施品においても、海苔がはみ出すという不都合は生じないから、被告物件は、右構成を取ることにより特別に優れた点はない。また、願書添付図面(公報4頁)第1図及び第2図では、支持枠11を構成する枠材13が機台1の上板より下方へ延長されており、枠材の縦設が上方のみでなく、下方にも延長することが示されており、出願時に刊行されていた文献(特開昭五〇-九七〇六五号公開特許公報及び米国特許第三〇六九一五八号明細書)の記載に照らすと、支持枠を受爪の両側又は下方まで延長垂下することも設計事項にすぎず、その置換は容易である。また海苔片の側方へのずれを防止するには各種の対策が可能であり、その構造は当業者にとって日常の設計事項にすぎない。
よって、被告物件の右構成は本件発明の構成要件(四)と置換可能・置換容易な設計変更であり、被告物件は本件発明と同一の作用効果を奏するから、被告物件は本件発明の均等物である。
2 被告の主張
(一) 本件発明における「開口」の位置
本件明細書の特許請求の範囲には、「海苔等のシート状物を積層する支持枠11の下端にシート状物の取出し開口12を設け、」と記載されており、その記載からは「取出し開口12」とは、「支持枠内に支持されている積層されたシート状物を該支持枠から取出すことができる開放された部位」という意味であることは明らかであり、したがってこの取出し開口は支持枠の下端に位置づけられる以外ありえない。そして、「一対の受爪」は、支持枠の下方であって、しかも開口より下方へ出没可能に配備する旨明確に記載されている。
原告は、発明の詳細な説明中の「開口12」に関する記載に基づいて、特許請求の範囲に記載の「開口」は機台上面に形成された開口であると主張するが、本件明細書及び願書添付図面には二種類の「開口」が記載されており、原告指摘の各記載は機台との関連において示された「開口」についてのものであり、特許請求の範囲に支持枠との関連において述べられている「開口」とは全く別のものである。特許請求の範囲にいう「取出し開口」は、「支持枠の下端」に設けられたものであって、機台とは何の関連もない。本件明細書の発明の詳細な説明中にも、「受爪50を支持枠11の下開口」(公報3欄34行)、「支持枠11の下開口」(同4欄8、9行)、「支持枠11下開口両側の受爪50、50が支持枠11の下開口」(同五欄2~4行)と、支持枠との関連において「開口」の語が記載され、しかも受爪との関連でも記載されており、特許請求の範囲にいう「取出し開口」は、これらの「下開口」と一致し、原告主張の発明の詳細な 説明中に記載の、機台上板に形成された「開口 12」とは別のものである。
なお、原告主張の如く「開口」の意味が機台上板に切り開いた部分であると仮定すると、右のとおり、開口は支持枠の下端に位置づけられなければならないのであるから、支持枠の下端(シート状物の取出し開口)と上板の開口とが一致するものでなければならず、支持枠が上板の開口より更に下に延びる構造などありえなくなる。すなわち、シート状物の取出し開口と機台上板に形成された開口とが一致した位置におかれた場合に始めて、該上板の開口がシート状物の取出し開口となりうるが、本来この上板の開口は、シート状物の取出し開口とは何らの関連性もなく、単に支持枠を取付けるためだけに設けられたものにすぎない。原告の主張は上板の開口とシート状物の取出し開口を混同するものであり、失当である。
これに対して、被告物件の「受爪50、50」は「支持枠11」の下部で、かつ「開口12」上方へ出没可能に配備されているから、被告物件は本件発明の構成要件(四)を充足しない。そして、この構成の差異により、被告物件は本件発明にはない作用を奏する。すなわち、本件発明では、一対の受爪が開口下方に出没可能に配備されているから、開口をなす支持枠下端と受爪との間には隙間が生じ、吸引筐の上下作動による振動によって下層の海苔が右隙間から支持枠より外へずれ出ることがあり、一枚ずつの分離供給作用に確実性を欠き、海苔を損傷してしまうことにもなるのに対して、被告物件では、一対の受爪が開口の上方へ出没可能としてあるから、積層された海苔は常に支持枠内に収められており、吸引筐によって上下動れたとしても、常に支持枠内において上下動される。したがって、吸引筐によって分離される最下部の海苔を除いて下層部の海苔が支持枠からはみ出すことはなく、一枚ずつの分離供給作用が確実かつ円滑に行われ、しかも海苔を損傷することがない。
したがって、被告物件は本件発明の技術的範囲に属しない。
(二) 均等の主張について
受爪が開口の下方にあるのと、上方にあるのとでは、右のとおり作用効果に差異がある。また、本件発明においては、支持枠下端の取出し開口下方へ受爪を出没可能に配備しているだけであるのに対して、被告物件の受爪は、支持枠の下端の取出し開口より上方の支持枠外側に位置づけられた作動軸51に取付けられており、しかもこの受爪を支持枠の内側に位置付けるため、略T字形状あるいはL字形状とし、その狭い部分を支持枠の枠部材間に位置付け、拡がった部分を支持枠内に張り出して位置付けてある。そしてこのように具体的な構造とすることによって、受爪を支持枠下端の取出し開口より上方位置に位置付けており、両者の構成は大幅に相違し、これらの間に置換可能性があるとは到底言えない。また、右構成及び作用効果の相違が当業者にとって自明であるとは到底いえない。
(三) 無効審判を請求しることができる事由の存在
本件発明は、その特許出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物であり、本件特許の審査の際にも引用された特開昭五〇-九七〇六五号公開特許公報(昭和五〇年八月一日公開。乙三)及び米国特許第三〇六九一五八号明細書(特許日一九六二年一二月一八日、昭和三八年五月一五日特許庁受入。乙四)記載の各発明(以下順に「引用発明一」、「引用発明二」という。)と比較して、① 吸引機構が、引用発明一及び二においては複数の吸着盤の集合体であるのに対して、本件発明においては、中空筐状の吸引筐である点、② 一対の受爪が、引用発明一及び二においては支持枠の下端開口より上方位置にあって、開口位置より上方位置で出没可能に配備されているが、本件発明においては支持枠の下端開口より下方に配備されているが、本件発明においては支持枠の下端開口より下方に配備され、しかも開口下方に出没する点の二点において相違するのであるから、この二点は本件発明の重要な特徴点である。
ところが、本件発明は、右のように一対の受爪が支持枠の下端開口より下方に配備され、しかも開口下方に出没可能に配備したために、支持枠下端とその下方に配備された受爪との間に隙間が生ずるから、この受爪の出没作用と吸引筐の上下作動による振動によって、積層された海苔の下方の部分が定まった位置で上下することなく、側方に変位して位置ずれを生じ、その結果、受爪の作動及び吸引筐の上下動により、海苔片は摺擦しかつ引っ掛かり、損傷してしまい、一枚宛円滑に自動供給できない。実際に、被告において本件明細書の実施例の記載にしたがって試験機を作成し、作動させたところ、一枚宛円滑に自動供給できなかった。
よって、本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明に記載された発明の効果を導くための構成が記載されてなく、当業者が容易にその実施をすることができる程度にその発明の構成が記載されておらず、その結果また、特許請求の範囲にも、発明の構成に欠くことができない事項が記載されていない。そうすると、本件特許は、特許法三六条四項(昭和六〇年法律第四一号による改正前)及び五項(昭和五〇年法律第四六号による改正前)に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものにあたる。
したがって、本件特許には無効審判を請求することができる事由があるから、その技術的範囲は絶対に特許請求の範囲の記載より拡張して解釈されてはならず、更には、本件明細書及び願書添付図面に具体的に記載された範囲内のものと解釈されるべきである。また、その技術的範囲に引用発明一及び二が含まれてしまうような解釈も許されない。
二 原告が本件仮保護の権利ないし本件特許権侵害を理由とする損害賠償請求権ないし不当利得返還請求権を放棄したか。また、本訴請求が権利の濫用に該当するか。
1 原告と有限会社宮崎研究所及び宮崎隆治の和解契約
原告は、昭和五八年一月九日、有限会社宮崎研究所及び宮崎隆治(以下「宮崎ら」という。)との間で、海苔自動供給機に関する和解契約(以下「本件和解契約」という。)を締結し、和解契約書第3条(五)において、「同契約締結までに甲(宮崎ら)、乙(原告)以外の者が製造、販売した供給機(海苔自動供給機)に対する特許権侵害を理由とする損害賠償請求権は、甲がこれを取得する。ただし、甲は、自己の費用をもって上記権利を行使しなければならず、また何らかの権利行使をするときは事前に乙の了解を得なければならない。」と約定した(争いがない。)。
2 被告の主張
右約定中「供給機に対する特許権」には本件特許権が含まれているから、原告は、本件和解契約により本件仮保護の権利ないし本件特許権に基づく請求権を放棄した。本件和解契約においては、「宮崎らは原告に対する無効審判請求(昭和五三年第九七七二号)を取下げ、被告をして必ず取下げさせる」旨約しており、被告は、右合意に基づき、同契約書作成に先立つ昭和五七年一二月一五日、昭和五三年審判第九七七二号(意匠登録第七二一一八号無効審判事件)を取り下げた。即ち、本件和解契約は、海苔自動供給機に関する原告、宮崎ら間の紛争を円満に解決するためになされたものであるが、前記無効審判事件が特許庁に継続していたので、原告はこれについても解決する必要があったため、原告と宮崎らの間で和解契約を締結するに際し、原告は被告に前記無効審判事件の取下げを求め、被告は、本件仮保護の権利ないし本件特許権に基づく損害賠償権について1記載の処理をすることを条件に、前記無効審判事件を取り下げたのである。換言すれば、原告は本件和解契約において、宮崎らのみならず、被告に対しても本件特許権に関する紛争を解決処理したものであり、被告も右契約内容を了知の上で右無効審判事件を取り下げたのであるから、1記載の約定の効力は被告にも及ぶ。
本件和解契約が解消され、消滅しているとしても、同契約は原告と宮崎らの間で海苔自動供給機に関する合弁会社を設立し、海苔自動供給機の製造販売、本件特許権を含む特許権の管理等について定めた継続的契約であるから、遡及的に消滅するものではなく、原告は被告に対し右消滅の効果を対抗しえない。
また、右事情に照らして、原告の請求は権利の濫用にあたるから許されない。
3 原告の主張
右約定は、海苔自動供給機に関する損害賠償請求権の行使を宮崎らが原告の了解を条件として行うことを取り決めたものにすぎず、これにより原告が本件特許権ないし仮保護の権利に基づく損害賠償請求権ないし不当利得返還請求権を放棄したものではない。
また、本件和解契約は、原告と宮崎らの間で締結されたものであり、両当事者が有する特許権を共同管理する会社を設立し、運営することを目的とし、それに伴い両当事者間の利益調整を図り紛争を解決すべく、両者の関係を取り決めたものにすぎないから、当事者間にのみ効果を持つものであり、第三者たる被告が援用できるものではない。
更に、本件和解契約は、昭和五八年一一月一二日頃、双方の信頼関係が全く喪失して事実上消滅し、宮崎らは、昭和六〇年八月二三日、原告に対し、本件和解契約を解除する旨の意思表示をし、原告もその頃その解消に合意した。したがって、本件和解契約は現在消滅しており、何らの効力も持たないから、本件特許権に基づく損害賠償請求権行使についての制約は存しない。
またその行使が権利の濫用となるものでもない。
三 被告の行為が本件仮保護の権利ないし本件特許権を侵害する場合、原告に返還すべき不当利得ないし賠償すべき損害の額
1 原告の主張
(一) 被告は、昭和五三年から昭和六一年までの間に、原告の許諾を受けずに、別紙被告物件販売一覧表の原告主張欄記載(機種欄中のWはイ号物件、Sはロ号物件に該当する)のとおり、イ号物件五五台、ロ号物件七台を製造販売ないし販売し、イ号物件一台当たり四七万六九五八円(小計二六二三万二六九〇円)、ロ号物件一台当たり二九万〇七〇一円(小計二〇三万四九〇七円)、合計二八二六万七五九七円の利益を得て、原告に同額の損失を及ぼした。被告は、右に具体的に主張した他に、昭和五一年から昭和六一年までの間に、被告物件を九八台製造販売ないし販売しており、合計すると被告物件を一六〇台製造販売ないし販売して、合計四八〇〇万円の利益を得て、原告に同額の損失を及ぼした。うち昭和五七年九月から昭和六〇年九月までの二二台の製造販売は本件特許権を侵害する不法行為でもあり、原告に六六〇万円の損害を与えた。
(二) 右主張が認められないとしても、少なくとも、被告は、昭和五一年から昭和五七年までの間に、原告の許諾を受けずに、同一覧表の被告主張欄記載(備考欄中のSはロ号物件に該当する)のとおり、イ号物件二八台、ロ号物件一〇台を製造販売し、イ号物件一台当たり四七万六九五八円(小計一三三五万四八二四円)、ロ号物件一台当たり二九万〇七〇一円(小計二九〇万七〇一〇円)、合計一六二六万一八三四円の利益を得て、原告に同額の損失を及ぼした。
2 被告の主張
被告が、同一覧表の被告主張欄記載のとおり、昭和五一年から昭和五四年までの間に、イ号物件を二四台、ロ号物件を一〇台製造販売し、昭和五六年から昭和五七年までの間にイ号物件を四台製造販売したことは認めるが、その余は否認する。なお、同一覧表番号11の物件の販売時期は昭和五四年二月二〇日であり、番号32の三台の物件の販売時期は、1台が昭和五六年一〇月末頃であり、二台は昭和五七年五月一二日である。
四 時効により権利が消滅したか
1 被告の時効援用
不当利得返還請求権の消滅時効期間は五年間であり、最後の販売日の翌日である昭和五七年五月一三日から起算して五年が経過した。被告は、右時効を援用する。
不当利得返還請求権の消滅時効期間が一〇年間であるとしても、被告は製造販売時期の翌日から起算して一〇年が経過した被告物件の製造販売による不当利得返還請求権について、右時効を援用する。
昭和五七年九月ないし昭和六〇年九月(原告主張の不法行為の時期)から既に三年を経過した。被告は、右時効を援用する。
2 時効の中断
(原告の主張)
原告は、昭和六〇年一一月二日に、本件不当利得返還請求及び不法行為による損害賠償請求の訴えを提起したから、これにより各時効は中断した。
仮に被告主張のとおり、原告が右訴えを一旦取り下げたとしても、原告は、平成元年二月二〇日に、本件不当利得返還請求及び不法行為による損害賠償請求を追加する書面を裁判所に提出したから、遅くとも、これにより各時効は中断した。
(被告の主張)
原告は、昭和六三年一月二一日口頭弁論において、請求の趣旨を交換的に変更おして、訴状記載の不当利得返還請求及び不法行為による損害賠償請求を取り下げ、被告はこれに異議を述べなかったから、右取下は効力を生じており、時効中断の効力は生じない。
第四争点に対する判断
一 争点1(技術的範囲への属否)について
1 「取出し開口」及び「開口」について
(一) 本件明細書の特許請求の範囲には、「取出し開口12」と「開口12」との記載があるが、いずれも同一箇所を指示する番号「12」が付記されているから、「取出し開口」と「開口」とは同義と解すべきである。そして、右の「取出し開口12」及び「開口12」なる文言が海苔等のシート状物の「取出し」を行う場所ないし空間としての開口部を指す言葉として用いられていることは、本件明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明並びに願書添付図面の記載自体から明らかである。
(二) そこで、右の「取出し」の意義について考えるに、本件明細書の特許請求の範囲の記載、発明の詳細な説明中の、「本発明は、加工すべき海苔等のシート状物の積層から一枚宛自動的に取り出す取出装置に関する。従来、味付け海苔等の加工に於て海苔は破れ易く、加工機へ機械的に自動供給することが困難なため、通常は作業者が海苔を一枚宛手作業により積層から取り出して供給する方法が採られている。このため加工能率が低く、量産化の障害となっていた。本発明は、積層最下部のシート状物を吸着して両端を下方へ曲げ、二枚との間に間隙を形成することによって、二枚目以上は間隙中に受爪を挿入して支え、最下部のシート状物を下方へ取出すことにより、加工海苔の如く破れ易いシート状物の自動供給を可能と・・・するものである。」(公報1欄29行~2欄6行)、「両受爪50、50は、吸引筐2が積層シート状物を支持しているときは、互いに作動軸51下方に垂下し、吸引筐2の下降開始と同時に1/4回転して支持枠11下開口へ上昇して臨出し、積層下面を支持する。」(同3欄29~33行目)及び「加工機及び本発明の吸引装置4を作動するとき、支持枠11に対応せる吸引筐2の吸着面23、23には吸引力が作用して積層7の最下部の海苔71の両端部を吸着面23、23の曲面に沿って吸着し、吸着された最下部の海苔71の両端部は二枚目の海苔から離れて間隙aを形成させる(第3図)。このとき、作動機構52が作動して支持枠11下開口両側の受爪50、50が支持枠11の下開口に両側から臨出して枠11中の積層7の最下面と二枚目との間の間隙aに係入し、積層の下面両端部を支持し、積層7の下降を止めている。次で吸引筐2が海苔を吸着して下降し下降端に達するとき・・・海苔71は吸着面から23から開放される。」(同4欄39行~5欄12行)との各記載並びに本件発明の作動状況を説明する願書添付図面第3ないし第5図の記載(同5頁)を総合すると、本件発明においては、吸引筐と受け爪の作動によって、積層シート状物から最下層のシート状物を分離把握することをもって、「取出し」としているものと解することができる。本件発明の最も重要なポイントは、積層シート状物から最下層のシート状物を破れないように機械的に分離把握することにあると認められるのであって、右分離把握後の移送過程までを「取出し」に含めて考えなければならない理由は見出し難い。
(三) 右分離把握の位置は、前項の各記載から明らかなように、吸引筐に吸着把握された積層シート状物の最下層シート状物が、間隙a内に挿入された受爪に支持されることになった最下層から二枚目以上の積層シートとの間で積層関係を解消(積層関係から離脱)する位置、換言すれば、積層シート状物の最下降する(最下端)位置であるから、右の位置をもって、本件発明にいう「取出し」位置というべきである。
(四) したがって、本件明細書の特許請求の範囲にいう「取出し開口」及び「開口」とは、支持枠下端の右の「取出し」位置すなわち右にいう高さ位置に相当する箇所を指すものと解すべきである。
(五) なお、本件明細書の特許請求の範囲には、「取出し開口」は「支持枠11」の下端に設けられる旨明記されている。ところで、本件明細書の発明の詳細な説明及び願書添付図面によると、「支持枠」は、「開口12の四隅に枠材13を縦設して・・・形成」されるものであり、「該枠11内へ上方から海苔等のシート状物の多数枚を積層装填して積層7下面を吸引筐2の上面に支持」するものである(公報2欄16~19行)と認められる。
右のとおり、「支持枠」は枠材によって形成されるものであるが、枠材そのものではなく、積層シート状物を吸引筐の上面に支持する機能を持たせることを目的として設置されるものであると考えられる。したがって、仮に枠材に右の機能と無関係な部分があるときは、その無関係部分は本件発明にいう「支持枠」には該当せず、枠材のうち右の支持機能を果している部分のみが本件発明にいう「支持枠」に該当するというべきである。願書添付図面に記載されている本件発明の実施例の図面(公報4、5頁)は、枠材に右の機能と無関係な部分がなく、図示の枠材全体が支持枠を形成する実施例を示しているものと認められる。
したがって、本件発明にいう「支持枠」とは、前記高さ位置より上方にある枠材により、或いは枠材のうち前記高さ位置(「取出し」位置)より上方にある部分により形成されるものである。
2 本件特許は無効審判を受けるべき事由がある旨の被告主張について
被告主張の海苔等のシート状物の側方への位置ずれを防止するには、例えば、被告物件の如く支持枠を構成する枠材を下方に延長することや、受爪作動軸51に嵌合した受爪ボスの外径を大径にすることにより枠材下端と受爪の間の隙間を無くすことなどが考えられる(弁論の全趣旨)が、被告が本件明細書の実施例の記載に従って作成したと主張する試験機による海苔供給機テスト結果報告書(乙五)及び同機の作動状況を示す写真(乙六の1~10)は、その支持枠と受爪の隙間を一二・五ミリメートルと設計した根拠や運転条件が明らかでなく、右各証拠及び本件全証拠によっても、本件明細書の発明の詳細な説明に、発明を属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の構成が記載されていないとも、特許請求の範囲に特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項が記載されていないとも認められず、本件発明の技術的範囲を限定して解すべきであるとする被告の主張はその前提を欠く。
また、引用発明一及び二の吸引機構は、本件発明の構成要件(二)及び(三)の吸引筐とは構成が異なる(甲八、乙三、四)から、「支持枠」、「開口」及び「受爪」の位置関係について、1のように解釈したからといって、引用発明一及び二が本件発明の技術的範囲に含まれてしまうことになるとはいえない。
3 被告物件について
(一) 被告物件においては、イ号、ロ等図面の各第5図上、受爪50、50の上面(積層海苔支持面)を結ぶ直線部分が、吸引筐に吸着把握された積層海苔の最下層海苔が間隙a内に挿入された受爪に支持されることになった最下層から二枚目以上の積層海苔との間で積層関係を解消(積層関係から離脱)する位置、換言すれば、積層海苔の最下降する(最下端)位置、すなわち構成要件(四)にいう「開口」に該当し、枠材13のうち右位置より上方の部分が同(四)にいう「支持枠」に該当すると認められる。 被告は、被告物件における枠材13の全体(下端から上端まで)が「支持枠」を形成している旨主張するが、被告物件にあっても、吸引筐による吸着把握前の積層海苔は、受爪により、枠材13のうち受爪上面の線より上方の枠材13内に支持されているのであって、枠材13のうち右位置より下方の部分が、海苔が吸引筐の上下動の影響によりはみ出し横ずれするのを阻止する機能を有するとしても、それは、本件発明をより効率よく実施するに当たって生ずる実施上の問題を解決する手段に属するものであり、本件発明にいう前示の積層海苔の支持機能とは異なるものというべきである。被告物件における枠材13のうち右受爪上面の線より下方の部分は、本件発明にいう「支持枠」を構成するものではなく、これとは別の機能を持たせることを目的にこれに付加された構成と考えるべきである。
(二) 以上の「支持枠」、「取出し開口」及び「開口」に関する認定と被告物件目録の記載によると、被告物件は次の構成を有すると認められる。
A 海苔を積層する支持枠の下端に海苔の取出し開口を設け、
B 該開口に対し中空筐状の吸引筐を昇降可能に配備して、
C 該吸引筐の上面に両側へ低く傾斜し且つ傾斜面上に吸引口を開設した吸着面を形成し、
D 支持枠の下方には積層下面の両端部を受止め或いは開放する一対の受爪を開口下方へ出没可能に配備して、
E 両受爪へ吸引筐の昇降に対応して受爪を開閉動作させる作動機構を連繁し、
F 前記吸引筐には吸着面へ積層最下部シートの両側端部を吸着させる吸気装置を接続した
G シート状物の取出装置。
(三) 本件発明の構成要件と被告物件の構成を対比すると、被告物件の構成Aは本件発明の構成要件(一)を、構成Bは構成要件(二)を、構成Cは構成要件(三)を、構成Dは構成要件(四)を、構成Eは構成要件(五)を、構成Fは構成要件(六)を、構成Gは構成要件(七)をそれぞれ充足する。
また、被告物件は、右構成を取ることにより、海苔の積層下面を吸引筐で支持し、吸引筐の吸着面に積層最下部の一枚の海苔を吸着して下降し、下降端で送出装置に受渡すようになっており、海苔は摺擦、引掛りがなく従って海苔の如く破れ易いシートといえども全然傷めず一枚宛円滑に自動供給出来る効果等、本件発明と同様の効果を奏する(被告物件目録の記載)。したがって、被告物件は本件発明の技術的範囲に属する。
二 製造販売の停止及び予防請求について
被告が、昭和五一年から昭和五七年五月まで被告物件を製造販売したことは争いがない(第二の二、第三の三)が、被告が、昭和五七年六月以降、被告物件を製造又は販売したことを認めるに足りる証拠はない。したがって、被告が現在被告物件を製造又は販売しているとはいえず、また、右最後の販売時から既に約一〇年間もの長期間が経過しているのであるから、過去において被告物件を製造販売したからといって、今後製造販売するおそれがあると認めることはできず、その他被告が被告物件を製造販売するおそれがあることを基礎付ける事実を認めるに足りる証拠もない。
したがって、被告物件の製造販売の停止及び予防を求める請求は理由がない。
三 争点2(損害賠償請求権及び不当利得返還請求権の放棄又は権利濫用)について
本件和解契約は、原告と宮崎らの間で締結されたものであり、その和解契約書(乙一)によっても、原告が被告に対して本件仮保護の権利ないし本件特許権侵害による損害賠償請求権及び不当利得返還請求権を放棄する(すなわち債務を免除する)旨の意思表示がなされたとは認められないから、被告の放棄の主張は理由がない。
なお、仮に本件和解契約第3条((5)の約定が、原・被告間の権利関係に何らかの影響を及ぼしたとしても、右和解契約は、宮崎らが昭和六〇年八月二三日原告に対し右和解契約を解除する旨の意思表示をし、原告もその頃これを承諾し、完全に解消されたから(弁論の全趣旨)、右約定に基づく被告の主張は理由がない。
また、被告主張の事情を考慮しても、本件請求が権利の濫用に当たるとは認められない。
四 争点3(返還すべき不当利得ないし賠償すべき損害の額)について
1 不法行為による損害賠償請求について
被告が、昭和五七年九月以降に被告物件を製造又は販売した事実を認めるに足りる証拠はないから、不法行為による損害賠償請求は理由がない。
2 昭和五四年三月一日以前の製造販売による不当利得返還請求について
昭和五一年から五四年三月一日までは、本件発明について出願公告がある前であり、原告は、その間、業として本件発明の実施をする権利を専有していなかったのであるから、被告が本件発明を実施して利益を得たとしても、法律上の原因を欠く利得とはいえず、不当利得として原告に返還すべき義務はない(なお、出願公開の日である昭和五二年三月三〇日以降に製造又は販売された物については、特許法六五条の三所定の要件を満たす場合には補償金請求をなしうるが、その趣旨と解しうる主張も立証もない。)から、原告の請求のうち、右期間中の製造販売に関する部分は理由のないことが明らかである。
3 昭和五四年三月二日(本件発明の出願公告日)から昭和六一年までの製造販売による不当利得返還請求について
被告が、右期間中に、製造販売したことを認めるイ号物件四台(被告物件販売一覧表1及び32記載の物件)以外に被告物件を製造又は販売した事実を認めるに足りる証拠はない。
また、原告は、右販売により被告がイ号物件一台当たり四七万六九五八円の利益を得、原告はそれと同額の損失を被った旨主張するが、右被告の利益額を認めるに足りる証拠はなく、原告が同額の損失を被ったことを認めるに足りる証拠もない。しかし、他人が仮保護の権利ないし特許権を有する発明を実施するには相当の実施料を支払わなければならないことは明らかであり、仮保護の権利ないし特許権の侵害者はこれを支払わずに実施して、支払わなければならない実施料を支払わず、同額の利得を得たと認められ、他方、仮保護の権利ないし特許権を有する者は、実施料の支払を受けることができず、これと同額の損失を受けたものということができる。したがって、仮保護の権利ないし特許権の侵害があれば、特段の事由のない限り、常に侵害者に実施料相当額の不当利得が生じるということができるから、被告は原告に対し実施料相当額を不当利得として支払わなければならない。そして、原告が製造販売していた本件発明を実施した海苔の取出装置を具備した海苔の自動供給機(海苔の取出装置が二基で構成されている型)の販売価格は昭和五七年頃で約一〇〇万円ないし一二〇万円であったこと(甲九、一〇の1~3、一一、一三~一五)、本件発明の内容及び弁論の全趣旨を総合して考えると、イ号物件の製造販売に対する本件発明の実施料相当額は、一台につき六万円と認めるのが相当と考えられるから、結局、被告の支払うべき不当利得金は二四万円となる。
五 争点4(時効)について
他人が仮保護の権利ないし特許権を有する発明を権限なく実施して利得を得る行為は商行為には該当せず、その他、本件不当利得返還請求権の消滅時効期間を被告主張の如く五年間と解すべき根拠は見出し難く、その期間は民法一六七条により一〇年間であると解される。
そうすると、右四台の製造販売についての不当利得返還請求権は、被告物件販売一覧表32に記載のうち二台(被告主張の販売時期昭和五七年五月)については、口頭弁論終結の時(平成四年三月二四日)においてさえ販売の日の翌日から起算して一〇年が経過しておらず、同一覧表32のうちその余の一台(被告主張の販売時期昭和五六年一〇月末頃)及び1記載の一台(販売時期昭和五六年)については、原告が、その販売の日の翌日から起算して一〇年が経過する前である平成元年二月二〇日に、請求の趣旨に不当利得返還請求権に基づく金員請求を追加する書面を提出したことにより中断した(記録上明らか)から、いずれも時効により消滅していない。
六 以上のとおりであり、結局、原告の請求は、右不当利得金二四万円及びこれに対する訴状送達の日(履行の請求日)の翌日である昭和六〇年一一月八日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(裁判長裁判官 庵前重和 裁判官 辻川靖夫 裁判官長井浩一は転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 庵前重和)
<以下省略>